
I always welcome you★
Author:miyamu
時代に流されDAY BY DAYまで
ブログになっちゃった!
親サイト共々、どうぞよろしく。
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さらば5月よ…。そしてやってくる、夏服の季節。
昔々、私にとって夏とは…恋が冷める季節だった。 学ラン姿の同級生に淡い恋心など抱く春が過ぎ。 夏服になり、意外と普通なYシャツ姿にときめき半減。 さらに夏休みに突入すると… 何故か突然、その相手が大嫌いになってしまう。 それはそれは本当に、バツが悪いほどに。 いちおう、自分なりの解釈によると 「毎日学校で会っている→なんとなく気になる→夏休み突入→顔を見ない→冷静になる→目が覚める」 という方程式が成り立っているようだった。 おまけに「目が覚める→あれ?好きじゃないかも?→むしろ嫌い??」と続き 仕舞いには「そんな相手にときめいていた自分もイヤ→汚点扱い」となるのだ。 まさに豹変する恋心。 「脈あり」なんて思っていた相手にしてみれば、青天の霹靂。 ★ 職場で昼休みにこんな裏話をしていたら、 仲間の1人が「分かるぅ〜」と同調してくれた。 そうか、私だけじゃないのか! 「恋している自分が楽しくて、成就した時点で満足したみたい」 と、その人が言っていた言葉に、妙に納得。 暑中見舞いを送ってくるぐらい親しかったはずの相手に、 2学期からは口もきかないのだから それにしても、恋する乙女ってのは残酷だ。 |
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あ〜れ〜っ!
自宅階段を上っている時に踏み外し、すねから角に落ちてしまった。 自分の体重を角でもろに受けるとは、ついていない。 まさに弁慶の泣き所…痛いし間抜けすぎて声も出なかった。 結果、両足に計4つの特大あざと、2つのこぶが出来た。 まったく。消えるのに時間がかかりそうで嫌だ。 しばらくは涼しい半端丈のパンツが履けないのは悲しい。 ★ お仕事を始めてもうすぐ2ヶ月が経過する。 お給料を貰うような仕事へのブランクは約6年である。 仕事を探している頃に、求人誌の○○歳以下などという 年齢制限を気にする年代になっていることに一抹の寂しさを感じ、 また同時に「何故!?」と、納得しがたい憤りも感じた。 年齢だけで門前払いになってしまうなんて、どう考えたって不公平だろう。 が、いざ本番の面接を受けてみると、 自分が随分と年齢相応に引っ込み思案な常識人になってきていることに気付く。 今更“リクルートスーツを着る”なんて事はないし 自分の好きな格好で自然に面接に臨めるけれど 不採用への不安から遠慮ばっかりしてしまうのだ。 昔は引く手数多に思えたアルバイト先でさえ 年齢と共に、「ここが駄目なら次はあるかしら?」という不安も増える。 こんな風に不安に考えるなんてこと、今までなかった。 もはや失敗してもかわいくない上に、 昔は“若さ”と“勢い”で許されていた失敗も、 今となってはそうも行かないと自分で感じている。 本当に若い頃は気付かなかったけれど 若さっていうのはお金で買えない財産なのだ。 もっと昔に気付いていればなぁ…。 |
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minimu、3歳になる。
毎年恒例の、手のひら足サイズ測定をした。私の手のひらにminimuの足を乗せて写真を撮るだけなので、測定というか判定なのだが、こうして毎年同じ方法で写真を撮っておくと、確かに成長しているのだと実感できる。多分来年は私の手のひらから指先や踵がはみ出してしまうことだろう。 天気が回復してきたので、昼間に近くのデパートへ行った。広場のベンチに腰掛けて、デパ地下で買ったばかりのパンを頬張る。雨上がりの水溜りで遊ぶ子供や、近寄ってくる鳩や、犬の散歩をする人々を眺める。みんな思い思いの休日を過ごしているのだ。早くも半袖の人も多く見られた。確かに季節が変わっている。 帰りに地元で人気のケーキ店にて、苺で埋め尽くされたようなケーキを買った。そして、「みにむ おたんじょうびおめでとう」と名入れをしてもらった。いいなぁ、自分の名前が入ったケーキだなんて、贅沢!思うに、誰かから自分の誕生日をお祝いをされるなんて本当に幸せなことだ。もとより親が子の誕生日を祝うのは当たり前かもしれないけれど、そんな幸せの大切さを分かる大人になっておくれ・・・と願うばかり。 |
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日本は南の方から梅雨入りしつつある。
新緑が爽やかな5月。 こちらは気持ち良い晴れ空を毎日期待しているというのに、 蓋を開けてみれば半分ぐらいは曇天、もしくは雨だったのではないか? そして今月最後の土曜日も雨である。 天気予報によると最近の9週間は、毎週土日のいずれかが雨だという。 何だか週末に降られると、つい勿体無いと感じてしまう。 今日は雨のせいもあり、外出もせずに家にいた。 テーブル脇の出窓に雨粒が当たるとぱらぱらと良い音がする。 旅行中の写真が溜まっていたので、それらをPCやCDにデータを落とすのと 友達に借りている「白夜行」のページを大分進める事が出来た。 東野圭吾氏の小説は、先日読んでいた「秘密」に続いて2冊目である。 これらの物語は大分趣向が違っているけれど、どちらも面白い。 面白い小説にぐいぐい引き込まれてしまう時は毎度のように 世の中には魅力的な作家が沢山いるんだなぁと再確認する。 刺激ちくちく。が、書かないことには始まらないぞ、私。 明日はminimuの誕生日である。 晴れるといいな。 |
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zzzzz・・・・・
油断すると、すぐに気が遠くなる。頭が重くてとにかく眠いので、完全に睡眠不足だ。4月から、ずっとルーズだった生活リズムが引き締まり、起床時間だけはきっちり固定になった。それなのに就寝時間が「あと30分だけ起きてあれをしよう」という風に起きていると、それが1時間になり、1時間半になり…とまあ、元の木阿弥になってきた。 とはいえ自分でも早く用事を済ませて寝たいと思ってはいるので、うとうとしながら何かに取り掛かっているのだ。結果、気が遠くなって気付くと机の前で1時間経過、ヨダレつきという有様。眠いならスパッとあきらめて寝てしまった方がよっぽどマシなのに、試験前の学生さながら、舟をこぎつつ効率の悪い方法を選んでいるのだ。 週の前半はそれでも大丈夫だった。が、さすがに金曜日ともなると体力も限界に近く、こめかみがずきずき痛む。眠い。眠い。ねむ…い。ね、む…zzzz。 そんな頑固な眠気を吹き飛ばした、どすんという音。お隣さんが、今日は夫婦喧嘩デイらしい。壁伝いに振動が伝わってくるとは、なかなか派手な喧嘩っぷりである。さすがに気になり、目が冴えてしまった。ある意味感謝。 そういえば我が家は夫婦喧嘩なんて、殆どしていないなぁと思う。我々が特別に夫婦仲が良いという意味ではなく(でも悪いという訳でもなく。あしからず。)、小さな衝突は日々にあれど、いざバトルというほど激しく感情をぶつけ合わないタイプなのだ。少々老成している気もするが、もともと淡々としている者同士なのだろう。たまには喧嘩するという発散の仕方も、素直で悪くないかな!?と思う。しかし、ドラマなどにもあるように、仮に食器やクッションを投げたりしたら、壊れた散らかりを誰が片付けるのだろう??自分で片付けるぐらいなら、投げたくないよ…。 |
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子供が子供でいる期間は短い。
3年という月日を経て もうすぐminimuが3歳になる。 誕生日を祝うというイベントを本人も理解しているため、 相手に反応がある分余計に、私もこれまで以上に嬉しく思う。 名前の入ったケーキを買って、たっぷり食べよう。 誕生日には何をしよう。 出来れば1度も叱らずに、ずっと笑っている日にしたい。 まぁ、きっと無理だろうけどね…。 ★ 小さな肩をぎゅっと抱きしめると 埃っぽい髪のにおいがした 生きているにおいだ 永遠ではないその幸せに ほんの少し切なくなる 君はまだ純粋でしかない 母の手に守られている宝物だ でも いつかは、私の腕の中をすり抜けて行く 君が私を必要としているのか それとも私が君を必要としているのか 神様が決めたことならば きっと両方だろう 君がどうして私の元にやってきたのか よくわからないけれど、ありがとう。 |
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言葉を覚えるのは、理屈じゃないさ!?
さて、私はどうして日本語を読めて、話せて、書けるのか。落語や冗談で笑えるのか。たとえ漢字や国語のテストで間違っても、文法の正しい口語が出てくるのか。答えは簡単である。それは、私が生まれた時からずっと日本語環境で育ち、日本語を耳にして生活してきたからに他ならない。母国語とはそうやって身に付いていくものだろう。英語の場合だって同じだと思う。 タイトルに惹かれて手にしたこの本。まさにアメリカの子供達が英語を母国語として身に付けていく様子を、教育の現場や分化などの背景を解説しながら分析している、大変興味深い本である。小学校という小さなアメリカ社会にて、子供達が英語のみならず、アメリカ人らしさを手に入れて行く様子もよく分かる。もしもアメリカの現地校に子供を通わせるのならば、役に立つ知識がこの中に詰まっている、という感じ。 著者は実際に子供達に教育を施している立場にあるそうだが、なかなか魅力的な先生のようで、こんな先生から私も英語を教わってみたいなぁと思った。遊びを通じて、集団行動を通じて、教室内にて、ディベートを通じて、こんな風に英語を覚えていく・・・という事例がいくつも紹介されていて、読み物として盛り沢山な一冊である。 思うに、言葉を“どうやって習得したのか”という風に事細かに説明できるのは、大人になってから苦労と努力で習得した場合に限るのかもしれない。ごくごく自然に覚えて行った物については説明なんて不要で、元々は理屈じゃなく単に身に付いただけのこと。それを教育を通じてより深く洗練していくのだろう。 日頃、運悪く高圧的なネイティブスピーカーを相手にしてしまった時、英語が出来るからすごいのか…?などと錯覚してしまいそうだが、読後はそれは見かけだけの格好良さだと思った。もともと英語圏にいただけのラッキーな相手に、英語“すら”できない日本人と思われたって悪くないさと開き直ろう。こちとら日本語は堂々と出来るのだし、おまけに英語だってかじっているんだぞ。胸を張れ、日本人よ!(と、自分に言い聞かせてみたり。)
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すすめ〜すすめ〜♪
幼稚園でアンパンマンの歌を覚えて来たminimuは、 家でもよく何かを口ずさんでいる。 一生懸命歌っている姿はなかなか楽しそうなので、 キャラクターものは縁遠かった我が家だったけれど 遅ればせながら基本ソングの入ったCDを1枚買ってみた。 すると幼稚園の送り迎えもノリノリに。 minimuの好きな歌に出てくるフレーズで、 「ハンドルを握り〜」という部分があるのだが 我が子は「ハンドルおにぎり〜」という風に解釈しているらしい。 ハンドルと、おにぎりね。何だか楽しそうだね…。 まあいいか、幸せならば。 しかし。 勧善懲悪なアンパンマンワールド。 突っ込みどころは満載なのに 物語には愛情いっぱいで、なんだか哲学。 すごいなぁ、やなせたかし氏。 |
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ぽーんって・・・。 |
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母の元につどう。
今日は姉親子と弟夫婦、それに我が家のメンバーが揃って顔を合わせた。 特にこの日が何かのイベントだった訳ではなく、 弟が先日の結婚式と新婚旅行の写真を見せにくるというので、 我々も家族で合流することになったのである。 母が夕飯を作ってくれると言っていたので、 子供達は夫に相手をしてもらいつつ、 私は食事の仕度から楽しく参加して、何だか懐かしい気分でキッチンに立った。 昔はこんな風に一緒にお料理をするなんてこと、あまり無かったかもしれない。 今更ながらもっと手伝っていれば良かったなぁと思う。 母の料理には学ぶ事がいっぱいあるのだ。 夜になり全員集合し、ワイワイとテーブルを囲んだ。 母の家のテーブルは大家族仕様ではないので 大人が6人と子供が2人座るにはとても小さい。 でも、そのテーブルに隙間無くお皿たちが並び、色とりどりのおかずが揃うと その密接した感覚が自分達みたいで、程よい温かみがある気がした。 母の料理はどれも美味しく、私の育ってきた味。 夫の好き嫌いのせいで普段は我が家の食卓に上がらない野菜たちも ここぞとばかりに大量摂取できた。あ〜、緑の野菜がうまいっ! いやはや、楽しい夕餉だった。 また、たまには集まりましょう。 |
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踊りませんか!?
5月も折り返し地点を過ぎているというのに、このところ雨がやたら多い。しかも今月は寒かったり暑かったりの変なお天気で、早く春らしい穏やかな気持ち良さを感じたい。洗濯物での部屋干しで家の中がますます湿気てしまうし、完全に乾く前に次の洗濯物が発生して困っている。やはり布へのダメージが大きいので、出来るだけ乾燥機は使いたくないのだ。 さて、地区センターのようなローカルな場所で、夏に社交ダンスの短期クラスがあるらしい。以前サルサをほんの少しだけかじった私は、いつの日か、どんな曲がかかってもダンスがさっと踊れるようになれたらさぞ格好良いことだろうと憧れていた。日頃は運動不足でも、踊っていたら気持ちも素晴らしくスッキリするだろう。短期クラスは週に1回、2ヶ月程度で、対象は基本的に初心者という条件である。特に最後の部分が私に合っているような・・・。仕事のオフ日にレッスンがあるというのも何かの運命か?という気がしているし、とりあえず申し込んでみようかと思案している。 ただ今月は週に4日勤務で働いているので、さすがに自分の事をやりたくてもそこまで回って行かないのが気になっている。せっかくオフの日には英語を習ったり、好きな文字を書けると思っていたのに、たまった家事をするのと他の日に出来なかった雑用をこなすことで時間がみるみるうちに消化されてしまうのだ。そうすると本来やりたかった趣味に取り組むだけの余裕がなくなってしまい、結局夜更かししてしまうのだ。これで社交ダンスを組み込んだら、本気でキツイ。でも踊って健康的に発散したい。 自分のために、来月は隔週にしてもらっても良いかなぁ。希望はしっかり伝えなくちゃね。 |
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緊張しない方法を教えてくだされ。 |
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棚卸し。米語ではinventory、英語ではstocktaking というらしい。英の方が日本語に近い!?
という訳で、今日は職場にて棚卸しがあった。商品棚のレイアウトを大幅に変えるのと一緒に、在庫を総確認するのが狙いだったらしい。何しろ開店して初めての試みだというので、定期的に棚卸しをしているスーパーなどとはわけが違う。マニュアルも無いので、メーカー毎のリストを手に箱を開きつつ、試行錯誤の1日だった。 私が上がる時間もまだまだ棚卸しの最中で、どんどん過ぎてゆく時間にみんな必死になっていた。こんな状況でも私は残業ができないので本当に申し訳無く感じる。やりかけの仕事を他の人にお願いして自分だけさっさと去るのは、決して気持ちが良い物ではない。でも仕方ない。minimuが幼稚園で待っているのだ。 しかし今日は残業確実の雰囲気だったから、夜になってもまだ続いているだろうかと思い出してしまった。明日からは通常業務に戻るために、何としても棚卸しは1日で終わらせる必要がある。どうなっただろう。おまけに私は明日がお休みなので、次に出勤する時はある程度落ち着いているはずなのだ。これが余計に心苦しかったりする。 いざ金曜日、商品棚の場所があまりにも以前と異なり、私もストック置場が見当たらなくて困らないようにしなければなるまい・・・。 |
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生活に英会話のない数ヶ月でしたが。 |
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「メガネ〜は〜かおの〜いちぶ〜です〜♪」 |
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思えば初めてなんだ、 |
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ただひたすら、まっすぐに。
麻布を小さな四角に縁取って縫っている。仕事で使っている包装資材の端切れを使って、リサイクルコースターを作っているのだ。このコースターは、感謝やお詫びの気持ちなどのしるしに、何らかのご挨拶と共にお客様の元に送られてゆく(はずの、出来次第。)手作り品である。 縁取る刺繍糸は同系色をグラデーションできるぐらい、何色も持っている。以前1本25¢で買い込んだ、お気に入りのきれいな糸たちである。クロスステッチは駐在中の知人にも愛好者が多かったけれど、私はもっと単純なスウェーデン刺繍という模様を時々やっていた。ただ大物の刺繍は結構時間がかかるので、英語の学校に行き始めるまでのほんの短い時間つなぎにしかならなかったのだが…。あの時に作りかけたテーブルのランナーは今も作りかけのままだし、多分これからもずっとステッチが進む事はないだろうと思う。 話を戻して。刺繍糸の染色された微妙な色の違いをいくつか組み合わせて、コースターを縁取る作業を行う。麻布は織り目が粗いので、ちくちく、すいすいと針が通って行く。このコースターが誰かのお役に立てることを願いつつ、心を込めてひたすら縫い進める。単純な繰り返しを続けていると、知らず知らずのうちに無心になってしまう。静かに進む時間に不思議と癒される気がした。これがクロスステッチが流行ってしまう理由なのかと感じる。 店長は自宅での残業(?)をあまり推奨していないようだけれど、私は別にコースター作りを仕事だと思っている訳ではなく、淡々と縫う楽しみを味わいつつ癒されているのだから趣味みたいなものなのである。さすがに今週は休んでばかりでお役に立てなかったから、空いた時間に少しぐらい縫いたい気持ちになったせいもあるが。 明日は金曜日。ようやく仕事に行けるから嬉しい。働くことがストレス解消にも役立っている。もやもや5月病を吹き飛ばすべく、気合を入れてまいりましょう。おおーッ! |
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今日まで、お休み。
minimuは昨日までの熱が下がって、 やたらといたずらを連発するほど元気になった。 とはいえ朝のうちは少し微熱が残っていて お調子者の顔が出てきたのは昼頃だったのだが。 今日も仕事はお休みさせて頂いた。 職場ではまだまだ役に立つとは言いがたい私でも いきなり休むと言い出すのは、やはり心苦しい! しかし下手に無理をして今日を休まずにいて、 また職場に幼稚園から呼び出しを受けるのことの方がきつい。 それならば割り切って休んでしまうのがベターだと思った。 この、しっかり休ませる狙いは上手く行き minimuの調子は夕方には私が疲れてしまうぐらい回復した。 明日は幼稚園に行くんだと、にこにこ、ご機嫌である。 子供のパワー、おそるべし。 金曜日には仕事の遅れを取り戻すべく、頑張ろう。 ノルマなんて無い仕事でも、 私も仕事を始めてからは生活に自分なりのペースができているから 不意にお休みを貰ってしまうとネジが緩んでしまうのだ。 |
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山あり、谷あり。
minimuの体温グラフを見ていると、さすがに子供だなぁと思う。朝、昨日の熱が嘘のように下がっていたと思ったら、昼になってまたしてもぐんぐんと熱が上昇し、見るからにぼうっとしていたのだが、昼寝から目覚めた夕方には再び下がって復活していた。数時間毎に37〜39℃あたりを行ったりきたりしているので、点を結ぶとグラフの線はかなりギザギザしている。大人よりも薬が効きやすく、身体の変化も顕著に出やすいらしい。早く良くなれと、願うばかり。 ★ アメリカにて、お気に入りだった店で洋服を買った。その店の服は着慣れていたから、あまり悩まずにこれまでと同じサイズを手に取ったけれど、思うところあってもう1つ上のサイズと一緒に試着してみることにした。結果、これまでのサイズだと、ぴっちり。1つ上のサイズだと、ぴったり。 産後に腰周りの体型が変わったのは分かっていたから、試着して正解だったわけだ。服のサイズが大きくなった事に、“7号の優越”を好んでいた若かりし頃だったら危機感を感じていたのかもしれない。でも、私の価値観(なんて言ったら大袈裟かな)はだんだん柔軟に、良い意味でルーズなってきているのである。 ぴっちりとぴったりでは、大違いである。 ぴっちりした服を買い、いま一つ決まらないボディラインを気にしながら、それを着こなすことは出来ないのだと経験が知っている。せっかくその服が持っている素敵なデザインも、布が引きつれてぱつんぱつんになっては全く生かされないし、心のどこかで格好を気にして不安顔になっている自分では、きっと着こなせない。 それでも自分を戒めるためにと、小さめの服を買おうなんて考えが浮かばないわけでもない。でもきっと、その小さめの服が着られる頃には旬じゃなくなってしまっているだろう。素敵な服を素敵に着るには、まずサイズが合っていなければ意味がないのだと、試着室の鏡を前に今更気付く。いらないプライドを捨てて、現在の自分に合った大きい服を買う勇気を出せば、その服は似合う。 “ありのまま”を受け入れるだけ。 いらないプライドなんて、いらないのにね。 |
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仕事中に、携帯が鳴った。
とはいえ私の携帯はほとんど鳴らないので、自分じゃないと思っていたのだが、他の皆さんが口々に「私じゃない」と言っているのでチェックしてみると、おおっ珍しい。私ではないですか。 しかし私の携帯を平日の午前中に鳴らすような知り合いは皆無。着信履歴も見知らぬ090で始まる番号だったのでとりあえず放っておいた。その後15分ほどして、またしても呼び出し音が鳴ったので取ってみると・・・。 「○○幼稚園ですが、minimuくん、お熱があるみたいです。」 驚きである。こうなったら、間違いなく親子揃って早退である。お迎えに行かねば。確かに昨日から身体が熱めだったのだが、本人は平熱が高めで、とにかく元気だったし機嫌も上々だったので油断していた。連休明けに加え、今日も仕事を始めて1時間で早退するという事態になった私に、皆さんは「今頃疲れが出ちゃったのかな?早く行ってあげなきゃ。」と優しかった。 職場から幼稚園に向かう前に、自宅に寄って保険証と診察券を拾い、小児科の予約を入れた。ああ、慌しい。幼稚園に付くとヒエピタを貼られたminimuが先生に連れられてやってきた。「お歌は元気に歌っていたんですけどね。」と言われたとおり、本人は相変わらず機嫌がよかった。でも身体が熱かった。明日も休みかなぁ、こりゃ。 なんとか午前の診療に間に合い、熱さましと念のため抗生物質を処方された。熱があって喉が少し赤いぐらいで、今のところ他の風邪らしい徴候があまり見られない。先生から体温の変化を記録するグラフを貰ったのが妙に新鮮だった。前にお世話になっていた小児科よりも、今の先生の方が細かく診てくれる人のような気がする。 その後家に帰った私達は2人で並んでお弁当を食べて、minimuは薬を飲んで寝た。「お熱があるからね。」と言うと「おねちゅ?」と、不思議そうに聞いてきた。子供の話すたどたどしい日本語はかわいい。昼寝をしたら少し楽になるといいけれど。 そして私は不意に生まれたフリータイムを、なんだか落ち着かずに過ごしているのである。 |
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明日からまた色々と。
旅行中に溜め込まれた大量の洗濯物を処理しているのに、 連休の締めくくりに降った雨が恨めしい。 時差ボケはない私でも さすがに連日の睡眠不足がきいている。 私は、これまたかなり遅ればせながら数独にはまり 風呂で黙々とパズルをしている・・・つもりなのだが、 気付くと半分水中に沈みかけている。猛烈に眠い。 アメリカの書店にて レジ付近にやたら大量に売られていたSUDOKU本に 「アメリカで数独が流行中!」というのは嘘じゃなかったのを確認。 なにせ、日本のメディアで耳にする“アメリカで流行”というキーワードは アメリカの“ごく一部”でという場合が多いのだ。 しかしSUDOKUは本当に流行っているのか。 せっかくだから一冊ぐらい買っておけば良かったかな? サンフランシスコのおもちゃ屋で ミニカーを4つ買ったのだが、明らかに3つ分の値段だった。 確かにミニカーを1、2、3、4とビニール袋に入れながらも ずっと仲間とおしゃべりを続けていたレジのお姉さんは 失敗したことなど全然気付かずにお釣りをくれた。 日本では有り得ないようないい加減っぷりである。 でもそんな適当なアメリカン具合が妙に懐かしかった。 正直に言わなかった私達も悪いのだが、「ま、いいか。」と店を出た。 お姉さんも、レッツSUDOKUしたら良いかもよ? そういえば5月は週4日のシフトになっているのである。 いい加減に早寝しなくては。 頑張るぞ、今週は忙しい! |
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旅行日記は書きたいものの。
通りすがりで見つけて以来、ずっと気になると思っていたラーメン店に行ってみた。その店は普通の住宅地に、地味ぃ〜なたたずまいでひっそりとあるのだが、シンプルな暖簾が風が吹く度にはためいて、その 下にはいくらか行列が出来ていた。「き、気になる…。」とどちらからともなく言い出し、みんなで今度行ってみようかと話した。その“今度”が今日だったわけだ。 12時前という時間のせいか、20分ほど並んだ。店に入ると、10数席しかない小ささだった。メニューも少ないので、おそらく店主のこだわりの味が出てくるのだろう。この開拓、当たりかハズレか。 シンプルなラーメンに、トッピングでワンタンを乗せてもらうことにした。すると。このワンタンがやたら美味しかった。何といっても皮が良く、程よい薄さに引き伸ばされた生地にはツヤがあり、つるりと喉を滑り落ちる感じだった。これは丁寧な手作りの皮である。中の肉はもう少し改善の余地有りという感じなのが残念だが、それでも皮だけでもレベルが高いと思う。 私はラーメンに詳しい訳ではないけれど、スープも手作りの味がした。天然素材できちんと作ったのだろう。油分が沢山浮いているのに、澄んだ醤油のスープは全然しつこくない。ワンタンの皮同様、麺も手打ちでとても良かった。また来ようと思える店だった。当たり。 家に帰ってさっそくネットで検索をしてみると、なんとそこは意外な名店だったようだ。ラーメン店について食べ比べの評価をしている個人サイトでも割と評判がよく、まさに知る人ぞ知るという店だった。へぇ、割と近所に住んでいるのに全然知らなかった。 何というか、旅行中は食べ物に飽きてしまい、途中から1日3回の食事内容を考えるのも面倒な気がした。アメリカは食べ物のレベルが低いよなぁ、悲しいぐらいに・・・。お米や麺類が無性に食べたくなっていたから、ラーメンも余計に美味しく感じたのかな。(念のため、アメリカにも麺はあるけど、アルデンテはナイデンテ・・・。失笑。) |
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長いようで短い6泊8日の旅。
家に帰るまでが旅・・・、いや、私の場合は荷解きを全部終えてしまって初めて旅が終わるのだが、何はともあれ無事に日本に帰国した。さっそく山盛りになった洗濯を回しながら、久し振りに嗅ぐ自宅のにおいを感じている。アメリカよさらば、ただいま日本よ。詳しくは追々、お土産話は沢山あるのだ。 久々に訪れたアメリカはやたら広くて、様々、色々と思うことがあり、住んでいた頃とは違った側面から観察できたように思う。カリフォルニア州のみの滞在だったけれど、車での最大移動時間は休憩しつつ6時間、宿を転々としながらあちこち欲張って過ごした。1つの場所で6泊8日過ごすバカンスとは対照的な滞在だった。長い時間の移動でも車窓からの風景は飽きることなく、個性や魅力ある町をいくつも通り抜けた。ドライブすることも立派に1つのアトラクションとなる。 幼児連れでの過密スケジュールは、家族みんなが疲れてしまいがちだ。行動にも制約が出来てしまうので、やってみたいと思っても実現できない事も多い。子供の行動は「コラ!」だとか「まったく、やれやれ。」の連続で、身支度も食事も、あらゆる時間が余計にかかってしまう。もしかすると消化不良になりそうなぐらいのんびり動くのだ。 私達の場合、ヨセミテでの長時間トレイルがそうだった。目の前には踏み込んでみたい大自然が広がっているけれど、疲れやすい子供と山道を行くのは難しく、ほんの触り程度しか歩けない。それでも私は非常に満足だった。たとえまだ幼くて本人の記憶に残らなかったとしても、家族みんなでそこに来たという事に意義があると私は考えている。その場所にいて経験することには、子供にとっても親にとっても絶対に価値がある! 寝ればいいのについつい欲が出てしまい、結局帰りは10時間の飛行機で一睡もしなかった。映画ばかり見て過ごすことも好きで、何故か見逃せない。貧乏性な性格が災いし、今非常に眠くなっている。これで時差ボケにならずに済むかもしれない?なんて良い方に考えつつ、そろそろ寝ます。今日はまず無事に帰ってきたというご報告まで。 |